
「大阪の国立文楽劇場で、ここで演るのは初めてという柳家喬太郎の落語を久しぶりに聴いてやっぱり面白いなーと思う、品川心中の前半だった。鶴光師匠もめちゃ久しぶり、お元気で何より。トリの方正さんの井戸の茶碗は好きな話で、かわいくて良かった。」
と、落語のことをスマホで呟いてたときに、ある友達のことを思い出した。
Twitterで、最近お見かけしないなと思っていたその友達が亡くなったのは、2年前のことだった。
長い間相互フォローしててずっと仲良くしてもらっていた人でした。
長く闘病中だったけどいつも何か楽しみを見つけることのできる人で、自暴自棄にならず明るい様子を見せていたのを見守りながら、その日が来るのがわたしは怖かった。
元は落語の話で知り合って、お互い猫がいてお互い一人暮らしで(当時は彼女もわたしも別居している夫がいたけど)旅の話、時事の話、女の人生の話、食べ物の話、いろんな話をしたし、いろんな呟きを共有した。とても活動的な人だったけど、知り合った頃からもうその人は闘病中だった。
関東の人なのでリアルに会ったことはないけど、お互いにプレゼントを郵便で送りあったり、亡くなる半年ほど前にはスペースでお話しして、その声を今もよく覚えている。
その時はまだずいぶん元気な声だったけど、この10年ほどの間に少しずつ病気が進行し、亡くなる前の一年くらいはどんどんつらくなっているはずの病状で、生きているだけでギリギリな様子だったのに、決して負けず常に前に進もうとする姿勢に感銘を受けて心から尊敬してた。なんという明るさ、強さ。思い出すだけで今も眩しく圧倒される。大好きだった。
精一杯生きながら、自分がなくなった後のことも全部考えてひとりで用意していただろう。
終わりの支度をしながら、案外もう一年くらい生きたりするかもね〜と呟いてた。
案外ずっと生きていてくれるかな〜とわたしも勝手に期待していた。
明日も明後日も生きていることを決して諦めず、最後までいつも明日のことを考え、強く明るく優しいのは変わらなかった。友達に送られた料理をテーブルに並べ美味しい楽しいありがとう愛してると明るく語っていた。
いつか会えると思ってたけど結局直には会えずにお別れになってしまった。
寂しい。
そして思い返せば思い返す程素敵な人だったなぁと静かに圧倒されてる。
若い頃は旅人だった。元気な頃はパートナーといろんなところに出かけていた話を聞いた。
その後、自分のことを支えてはくれない気ままなパートナーの介護をしてあげながら、もっと大変な自分自身のことは一人でなんでもこなして生きていた。
凸凹のあるパートナーの愚痴を言い慰め合ったこともあった。明るくて優しくて、湿っぽくない愚痴だった。仕方ないなとなんでもひとりで引き受けて、そして友達の多い人だった。
そりゃそうよね、それだけ素敵な人だった。
猫の名前はコジロウ。
猫がいるから旅行に行けないというと、2泊までなら猫は慣れてくれるよ、と大らかに励ましてくれた。(でもいまだに1泊以上は心配で旅行に行けないわたし・・・)
何か送ってもらった時のやり取りでお名前と住所を知ってるけど、
TwitterのアカウントのLa Laさんという明るい響きの名前が似合ってた。
LaLaさん、
LaLaさん、寂しいよー。
寂しいよー。
落語の話を呟くと、今も彼女を思い出す。
彼女がわたしの呟きを見て何かリプをくれそうな気が、今でもまだするのよね。
Twitterの向こうにいる気が。本当に好きだった。会いたいなぁ。