
【作品の舞台は、ファンが好きな対象を熱烈に応援することで成長を続けている“ファンダム経済”です。“推し活”を土台とした経済圏、といえば分かりやすいでしょうか。その仕掛けを「構築する側」「仕掛けられる側」「かつて深くのめり込んでいた側」の3つの視点で物語を書きました。
作品を象徴する一文として、本の帯にはこのような文章を抜粋しています。
「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」
好きな対象を応援する側というよりは、集団心理を操作する側のほうに焦点を当てています。
この小説の連載が始まったのは2023年ですが、本になった今、選挙をはじめとした様々な場面で、この小説で書いてみたかったことの片鱗を感じとることがあります。この感覚をみなさんにも共有していただけるとうれしいです。】
どの登場人物の話も、閉塞感と生きづらさや孤独ばかりで始まり、これがまあ揃いも揃って洗脳されやすい孤独に弱い人たちばかり。構築する側でさえそうだから読んでいてあきれるし、村田沙耶香「世界99」を読んで間もない時にこれを読んだので、なんかもう人間の弱いところを嫌な感じに見せられるのに疲れる。
現実の自分の周りは孤独に弱すぎる人ばかりではないけど、世の中はこんなに愚かで情けないほど弱く気持ち悪いほど騙されやすく馬鹿な人たちばかりなのだろうか…と後半に行くにつれ登場人物への不快感が強まった。そんなだから高市自民圧勝とかになっちゃうんだろうか…
そういえばこの小説は日経新聞に23年から24年6月に連載されてたものなので、途中に出てくる国政に大躍進した某政党って、25年の参院選での参政党のことではないのね。でもまさにそれだった。
しかし見事にどの登場人物にも好感が持てない。
まず陰謀論にハマる人は現実でもよくわからないし、スピリチュアルな世界に踏み込んだり超常現象を普通に信じたり、そこからさらに飛躍していくのも理解できない。現実にもたくさんいるけど、どんなに考えてもよくわからない。
そして人の目や評価ばかり気にする人が自分を何かの類型に当てはめ特別に繊細なのだと決め、それを誰かに投影してこの人を理解できるのはわたしだけだと思い込む・・・というのはまだ少し理解できるけど、そういうのも思春期に済ませておくべきことだしなぁ、と冷ややかな目で見てしまう。
また、とある親子が出てくるんだけど親が親なら子も子だなぁという展開になって、寂しい人が、初めてハマった人や物語に縋るように依存するのを、なんと親子両方から同時に見せられるのは気持ち悪かった。そしてそれらの構造についての解説をするようなかなり説明的なセリフの部分がかなり多くてくどくてしつこい。
この親子を笑えない、笑ってはいけない、という意見もあるだろう。愚かさや、孤独に負ける弱さや、依存の自覚のなさを、他人事として高いところから見下してあざ笑うべきでないのはわかるけど、でもやっぱりそういう典型みたいな人物にはうんざりだ。
主要登場人物の中では、特に中年男性が、孤独に弱すぎるし、成熟してなさすぎて、さらに自己憐憫の鬱陶しさといったらなかった。1ミリも同情できない。相手への想像力を欠き間違った思い込みで行動するただのストーカーでしかない。
「中年期の男性は孤独に弱い傾向にあります。あと、これまでの人生における後悔。この二つを刺激する物語には、特に呑み込まれやすいんです」と仕掛ける側の人がいうところがあったけど、自分も仕掛ける側でありながら、自身がその典型になってるという自覚を持たずにいる愚かさ。