sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて 冷たいシャンパンと 届いた本と手紙に気持ちが緩む、 感じ

2月のつぶやき:後半


チボー家の人々」5巻は医師アントワーヌの長い1日が描かれる。
彼の良心、彼の信念、そして安楽死の問題。
最近見た映画「敵」と「ザ・ルーム・ネクストドア」も安楽死の話だった。
安楽死についてはわたしはまだ自分の意見をはっきり決めてないけど、
アントワーヌの、100%治らずあと何日か死ぬまでひどい苦しみが続くだけの
2歳の患者に関しては、早く楽にしてあげてほしいと思った。
アントワーヌは医者としての倫理との板挟みで悩む


チーズフォンデュを、一人分だけ作ってちょこっと食べたいんだけど
チーズ3種類くらい混ぜて作るのになかなかちょっとだけってできない。
チーズフォンデュ作って一食分ずつ冷凍できるかな。具材は美味しいパン一択です。
スイスでは日本のようにソーセージやブロッコリはつけないって聞いたけど、
確かにちゃんとしたチーズフォンデュならパンが一番美味しいと思う。


昨日も今日も出かけず頑張って、少し目処が立ってきたけど疲れた。
ああわたしはもうインプットという消費の仕方をするだけの
老人でしかいられないのかもしれない。


買ったばかりのストウブラウンド20センチで玄米を3合炊いたら
(うちに3合炊ける炊飯鍋はなかった)すごく美味しく炊けた。
一食食べて、6回分のお弁当ご飯を冷凍できたよ。
あと猫もわたしもどこも痛くなくて仲良く過ごせた…そうだこれが最高だった。


一番好きな時間というと、猫と一緒に本を読んでいる時間かなぁ。
初めてのいいお店で飲んでる時間、友達とうちとけて喋ってる時間、
美味しいものを作り食べながら台所にいる時間、
知らない街で折り畳み自転車を開いてまたがり走り出す時間、きれいなものを見ている時間、
何か計画を立てている時間、帰宅時玄関開ける前から
猫のミャーミャーという鳴き声が聞こえている時間。


息子が置いていったカメラNikon1にメモリカード入れて、充電もしてみた。
明日試しに撮ってみよう。
Nikon黒歴史?と言われるカメラのようだけど、
この小ささがわたしの小さい手にめちゃ馴染むし、
10年前のカメラに大きな期待をしないから案外楽しいかも。
センサーサイズはマイクロフォーザーズより小さい。
けどAFはそんなに遅くないという評判。
ついてるレンズは35mm換算で50ミリなのでわたしには扱いやすい画角だし、
f1.8で明るいし、ちょっと楽しいかも。


詩の自動販売機というのをずっとやりたかったんだけど、今度のパーティでやろうと、
ガチャガチャの機械をポチった。笑
パーティでは大好きなボサノバシンガーの知人にミニライブも頼んだし、
だんだん楽しみになってきた。
なんかいろいろ決まって、個展にしても還暦のパーティーにしても、
自分が中心にいることが慣れなすぎて恥ずかしいやら怖いやら。


美味しいミルクティー。息子からのふるさと納税のたくさんのいちご。暖かいコタツ
傍に猫。面白い本。書くべき手紙。完璧に満ち足りてる。
いい土曜日だなぁ。


100グラムくらいだけど分厚くてきれいなステーキ肉が半額だったので夕ご飯に焼きました。
ジャガイモとにんじんとうすいえんどうを蒸して付け合わせに。
肉も美味しいけど、肉だけより蒸した野菜と一緒に食べる方がずっと美味しいので、
実は肉は安いのでもいい気がする…


もしかして人生相談読むのって、割と好きかも…
と午後に借りてきた人生相談本を読んでる。鴻上さんの。


言葉に関する感性というのは、自分はやっぱり自分の感傷的なところの恥ずかしさが強くて、
むしろ散文的で硬い言葉を選びがちだと思う。


戻した乾燥ポルチーニとマッシュルームと鶏肉でバターライスというか、ピラフを拵えて
刻んだフレッシュなパセリとすりおろしたてのパルミジャーノをたっぷりふりかけたものを
夕ご飯に作ったのに、ワインを飲まなかった!休肝日だから!
でも偉かったので、ウイスキーをシングル一杯いただきます。


湯たんぽ作った後に、あー、明日はうすいえんどうで二色丼弁当にしよう!と思いたち、
慌てて豆を煮た。味付けは塩と味醂少しだけ。
豆の味をしっかり楽しむ…一晩でしっかりした味になるはず。
ご飯は朝炊くけど、ストウブのココハンsが最高すぎて食べすぎるのがとりあえずの問題。。


バゲットと厚切りバター、いくら、という組み合わせが
炊き立てご飯のいくら丼と同じくらい好きだけど、カロリーも脂質も怖い。
美味しいものは怖い。まんじゅうこわい


オレンジママレードよりイチゴやブルーベリーやイチジクのジャムの方が好きだけど、
ママレードをパンに塗る時もれなく、熊の「パディントン」を思い出して
クスッと笑うような優しい気持ちになるので時々食べる。
食事って舌だけでなく目でも味わうって言うけど、言葉や思い出でも味わうよね。
バターを塗っただけのトーストも「バタつきパン」という言葉を思い出すと美味しそうに思う。
赤毛のアンの、バターもジャムもケチらないパンを
小さないたずらっ子デイビーが食べるシーンも良く思い出す。


十分以上に美味しく飲み食いして充足してても、
そこに初めてのバーがあれば行くのです。
行くのです。
ひとりでも全然ゆったり飲めそうなバーだったし、
建物が良いのでずっと長居したくなるけど、翌日のことを考えて一杯だけ。
よく知らない街で初めてのバーに入る喜び。
初めて、というのはいつも驚きと喜び(たまにがっかりもあるけど)があるよね。


すごく美味しいフルコースを食べたのだけど、本当に文句なくどれも全部ちょう美味しく
創意工夫もありとっても楽しくいただいたのだけど、あとで思い起こすと、
わたしの魂が震える感じではなかった気がする。
こんなに美味しかったのに、わたしは一体何を求めているのだ?


普段は一人旅で、写真の合宿は年に一度あるけど現地集合現地解散宿も交通も各自、
という大人の会なので一人部屋だし、人と同じ部屋で寝ることがまずなくて、
母との旅行でほぼ一睡もできずふらふら。。。


旅行から戻ると猫がいる幸せ。よっぽどのことがない限り旅行に行けなくなってしまった。


旅行から戻ったらトイレの電気がつかなくなってた。電球替えてもつかない…
何年もつかなかった廊下の電気がやっと着くようになったとこなのに…


クマを食べた。
ツキノワグマのトヨという子が、わたしのたまに登る山の寺にいて、
とてもかわいいのに、今夜はツキノワグマを食べてしまった。
ウサギを11年飼っていたのでウサギは食べられません。人が食べるのは気にしないんだけど。
トヨ!また会いに行くけど、人間はダメだねぇ。
トヨを見て、ツキノワグマってこんなにきれいなんだと思ったのだった。
まさかクマがいるとは思わず登った小さな山のお寺にいた、つぶらな目のツヤツヤと黒いクマ。


先週母との記念日旅行で奈良でフルコースを食べて、
今日はその前から予約してたフルコースを大阪で食べたのだけど、
いやぁ、こういう食事はほんと2ヶ月に一度で十分。
今日はご馳走のフルコースより、家で自分の作った簡単なおかずと
ただの炊き立てご飯の方が食べたかった。
もちろんとても美味しかったんだけどね。
自分で作るのも好きだけど外食も好き、とずっと思ってたけど、
今はもう自分で作るご飯の方が好き、ってことになっちゃったかも。


ニンゲンはいつも通りご飯を炊いておにぎりを作って映画を見にいく。
猫もいつも通り猫の夢を見ながらよく眠って待ってる。


スマホに動画が900以上あることに気づいた。古いやつから見ていこう。
これは風と夕方の光がきれいだった。アレチヌスビトハギなので夏の終わりの光かな。


昨日、映画を見に街に出たので、相当溜まってたポイントで、
ウイスキーを一本買ってきた。
うちのボトルの中で最近ずっと欠番だったラガブーリン16年。
値上がりしたとは聞いててけど7、8年前の1.5倍くらいになってるね。
うちに今あるウイスキーは、バランタイン17年、21年、ザ・ニッカ、カバラン、
シングルトン、トマーティンレガシーと12年、
デュワーズのフレンチスムーズとカリビアンスムーズ、
グレンフィディック、三郎丸の十年明、タリスカーワイルダーシーズ、かな。
普段飲みのとちょっといいのとバランスよくあると思う。

今のわたしは、ウイスキーは量飲まないので角とかはいらない。立ち飲みや居酒屋で飲むしね。
ソーダ割は気分的にワインの代わりにはならないけど、ロックならいい時もあるので
ワインを減らしてウイスキーを飲もうと思ってる。
でも楽しい時にはワイン開けたくなるんだよなー

二日酔いでない朝の幸せの話のはずが、ウイスキーのことを考えてウキウキしてしまった…



最近よく訴え鳴きをするんだけど猫は難しい。
甘えん坊かと抱っこしてもすぐ逃げるし、カリカリあげてもそれじゃないって言われるし、
遊ぼうとしても無視されるし、でもまたこっちきて何か訴えて鳴く。とりあえずなでる。


クラフトビールの老舗の店で、隣の四人組のけたたましさがすごくて、
わたしたち(年配4人組)はほとんど会話ができないくらいだったけど、
若者ってこんなにけたたましいものなのか…
ちなみに同じコースで、私たちは隣の倍以上は飲んでた…


雨が止むとき
雨の最後の音と一緒に
世界の音も消える。
雨に包まれていた音が
世界を思い出すまで
世界が音を思い出すまで。


友達とフォトセンという活動をしていて、写真に川柳や俳句や短歌をつけて
ハッシュタグつけてアップする遊びだけど、確かに「ポエム」ではある。
でもわたしはそれが心地よくて好き。
写真や絵と言葉を組み合わせるのは、昔はやりたくなかった。
写真だけで成り立たない不十分さのように思えて恥ずかしかったから。
でも今は全然恥ずかしくない。
だって写真があると心地いいんだもの。
言葉があると心地いいんだもの、と思う。
ということで、写真展にはどんどん言葉をブレンドすることにしたし、
フォトセンの仲間とのグループ展もそのうちやる。


昨夜嫌な夢を見た。どこかの国の大きなリゾートホテルで
自分の部屋がわからないし鍵もない。
これって夢かなと思いながら夢を見てること多いけど、
昨夜は全然そう思わず、ただただ不安だった。
猫も夢を見るかね。どんな夢を見るかね。


赤毛のアンチボー家の人々を読んでて、100年以上前の人々を見てると、
大体家に住み込みの料理人というか家政婦がいる。
チボー家はブルジョワなので雇い人とは違う階級にいるけど、
アンの方だと家族同然に暮らしている。
アメリカの黒人の住み込みメイドとも違って、同じ人間として、大事な友達、家族として
一緒に働き暮らすので、家の人にも雇われている人にもウィンウィンの関係に見える。
「銀の森のパット」のジュディは銀の森で亡くなる。
亡くなるまで老いたなりにできる仕事をして普通に過ごし
数日寝込んで亡くなったと思うけど、こういうことは現代では無理だなと思う。

昔は人が今より若く死んだし、年老いてからの延命治療や施設のようなものもなかったから、
介護が必要になる前に亡くなってしまう。
今なら、家族同然に暮らしてきた人を、
働けなくなったからと放り出すことはできないから家族同然の介護が必須だし、
それが無理ならそもそもそういう雇い方はもうできない。
人の寿命が延びすぎたように思う。
医学の進歩には日々助けられているけど、自分自身は不自然なやり方で延命せずに、
できるだけ自然に死んでいきたいなぁ。
痛みのコントロールだけはしっかりしてもらいたいけど。
この年になると自分がどんな風に死ぬのかはわりと近い問題だもんね。